せいぶ館通信9月号ロゴ
発行:(財)合気会神戸支部せいぶ館/道場長:濱崎正司 支部長:中尾眞吾/編集部:和田正志 林芙美 春名美穂 中森鈴奈
〒650-0011 神戸市中央区下山手通8−20−17 えぬビル3階 白蘆林内 TEL(078)382-1659 FAX (078)341-3980


おめでとうロゴ
平成11年9月度 昇級・昇段者 ....
【初段】大倉美奈子 林芙美 <道場より袴を贈呈>
【1級】有本ひろみ 衛藤譲二 ゲイボー・フレデリック
【2級】八尾たかし 島田友弘 坂本昭仁 久河浩也 
【3級】玉置恵啓 春名美穂 新阜孝之 高田健一 石田史雄
【4級】岡本博文 吉岡秀雄 中塚陽子 別役明法
【5級】上田晴子 平尾重雄 寺尾敬二  オリヴィエ・ヴェピオヴァ
    阪本欣昭 伊藤功 横山友紀 林茂郎 川岡麻美

犬のしきり線

合気道のぼり
今回のせいぶ館通信はせいぶ館にて、各時間ボランティアで責任を持って御指導下さっている先生方の作文特集です。心の共振を感じる文章に出合われた方はいつもと違うクラスに出席されてみてはいかがでしょうか。

合気道のぼり

苦悩の選択  ある日の日記より

中尾眞吾/支部長/五段/朝担当

「敬老の日」と「秋分の日」が続いた朝稽古の終わった後、橋本さんが掲示板を見ながら「中尾さん、これは殺生やわ。普通通りに朝一番に稽古してもらわな…」「そうそう、僕らもいつものこの時間に稽古したいわ。この時間やったら仕事にも差し支えへんし…」と阪本君と横山君。
 いつの頃からか火水木の朝の稽古に祝祭日が重なったら、いつもの7時から稽古を始めるのではなく10時スタートにしている。早朝は来にくい人も多いし、近所の人の安眠の妨害にもならへんし…。「10時位に始めたら、1日が半分にしか使われへんし、子供達と遊んでやる時間がまとまらへんねん…」と橋本さん。芙美ちゃんも「途中で1日が1度中断される感じで効率が悪い…」。
 数えてみると1年に10回位、火水木と祝祭日が当たる。たまの祭日位朝寝もしたいし、前日は夜更かしもしてみたい。それ位許してほしいなァ…。
 どうも朝稽古に通いつめて来る人は健康な考えの人が多い様だ。さすが朝気みなぎる朝一番、ええ気が充満し、良きエネルギーが溢れているのだ。その人達にひきかえ私は「ひ弱」やなァ…と反省している。夜更かししたいだの、朝寝したいだの、どうも不健康な考えで終始している。反省、反省! 
『よおし! それやったら普段通りに7時からも稽古をし、それから10時からも2度目の稽古をしよう。どうせ仕事は休みなんやし』。
 と1度は決意するものの…やっぱり休息も大事やし、これ以上稽古回数を増やすのは身体を壊す方向へ向かってしまう。稽古はしたい。待ってくれている人はようけおるし有り難いけど…肉体的にはどうしても自信がないし…どうしたらええんやろか…?
 うちの賢い嫁はんが言いました。「祝祭日は寝たい。祝祭日の稽古は10時から」。決定!

小枝のしきり線


三田道場演武大会に参加して

打越明夫/五段/水曜日夜担当

 第二回演武大会は三田市立城山公園体育館で10月3日行われた。
 せいぶ館で午前中いつもの様に稽古を終え神戸市中から車で山を越え三田へ向った。昨日まで10月なのに日中30度を越えていたのだが、今日は20度。ひんやりした曇り空の中1時間少しのドライブで三田市内へ、そして城山公園体育館についた。
 せいぶ館道場からは子供クラス4名、女性4名、男性7名で参加した。私自身、20年程前に武道館での全日本合気道大会以来で久しぶりであった。
 開会式、体操、基本技、武器技、少年演武。少年達の多いのにびっくり。何と60人程、堀井先生の厳しさと優しさがで出ている少年演武でした。
 いよいよせいぶ館の出番。まず子供4組で大人達が受身を、同じせいぶ館にいて初めて見る子供達であった。次は女性4組で男性が受身を取る、そして私が4人に受けを取ってもらって演武をした。中尾さんが演武をするところを私に花を持たせて下さって感謝。気持ちのよい緊張の中で普段通り出来たかなあ。でも何となくやっていると好きな技しか出てこないのに気が付く。頭でイメージを作ってからでないと技が出ない。まだまだ駄目だ。
 最後は堀井師範のきびきびした大きい演武で締める。総評の挨拶で顧問の方が素晴らしいことを  年輩の小久保さんの受身が上手なのにびっくりと、又中尾さんの誰もまねの出来ない受身を褒められた。受けの上手な人は取りも上手だと、なかなかの武道家。私も賛同。
 場所を変えてホテルでパーティー。中尾さんの神戸弁での面白い挨拶を少し。「2時間位がほんまにちょうどええ演武会やったと思います。面白い映画を見ている様で、少しずつ盛り上げて最後に堀井師範で締める。来年も良かったら呼んで下さい」。短く分かりやすい挨拶、さすが。
 私と堀井先生の出合いは4年8ヶ月前の阪神大震災から1ヶ月ほどでしょうか。中尾さんの家を道場にしてた頃、近所の家が傾き瓦がいつ落ちてくるか分からない時にお見舞いに来て下さって5分程話をしたのが最初です。若くて男前でしっかりしたさすがプロだなあ、と思った。それ以来せいぶ館で2回講習会をして頂いた。「基本技を丁寧に」。印象に残ったのは「受けの人は頭を真っ白にして何も考えずしっかりと受身を取る」との言葉でした。皆さんも1度考えて下さい。
 神戸三田道場の発展を願っております。小枝のしきり線

夢のまた夢

和田正志/四段/火曜日夜担当

 今年で28年目になる。合気道をどうしてこんなに長く続けてこられたのだろうか。やはり自分にとって忘れられない出来事は、本部道場で山口清吾先生の技と出会ったことだろう。正面打ちにいったとき、ほんの少しの力も感じずに畳の上に転がっていた自分。先生はどう投げて、自分はどう動いていたのだろうか。多分他人の目からは、先生がごく普通に一教か入身投げの技をかけていたように見えていただろう。
 触れずに倒す技も体験したけれど、やはり皮膚の薄皮1枚の当たりで導く技、投げられて気持ちのよい技こそ、本当の合気道の技ではないかと思う。生前の開祖の技を受ける機会はなかったけれど、この技の体験を通じて想像ができた。何事かをなすには3年かけて師匠を探せという。確かにその通りだけど、15年近くたってから求めていたものに出会うということもあるのだ。
 自分が体験したあの技の再現。そして、好きなように持たせ、好きなように攻撃させても技がかけられるようになることを夢見ている。今まで教えられてきたこと、何かで読んだことなどが稽古の道連れになってくれる。

『合気道は徹底した無抵抗主義で相手に逆らわない。だから合気道には相手がない』
 これが体と心で実現できたら、その人は本当に無敵になれるだろう。実現の道のりは遥かに遠い。しかしながら、そのために合気道の技と稽古のシステムがあり、見習うべき古今の名人、達人、先輩、稽古仲間たちがいるのではないだろうか。利用できるものを利用しない手はない。『前進し相手に当たる』。

『丹田に気力を集中し、どこにも固まらない体の柔軟さと、足が居付かないこと』
 ある時、偶然に腕の力がすっと抜け、うまく技がかけられた時があった。このとき、折れない手の本当の意味が分かった。合気道では常に折れない手の状態、つまり腕には力が入っていないけれど折れない状態でなければいけないのだった。折れない腕は気のテストをするためにあるのではない、という当たり前のことがその時わかった。しかし何時もできてるわけではない。『技は盗むもの、自得するもの』。

『切られる所に切られない所がある』
 若者がそれなりに稽古すればうまくなり、強くなるのは当然だろう。しかし子供でも、年配の方、女性でも熱心に稽古すれば必ず上達する方法はないのか。その鍵のひとつは体捌きにあるような気がする。攻撃に対して、まず入身で自分の体を安全な位置におくこと。このとき自分の中心と相手の中心はできるだけ近いほうがいい。正面打ちなら道衣すれすれを打たせること。この位置なら相手のどこかに触れることにより、体捌きだけで導くこともできる。心意気は『気で体当たり』。

『形から入り、形を離れる』
 精武館で稽古を始めた時、髪をお下げにした先輩の女の子から「表と裏をはっきり区別しなさい」と教えられた。人に見てもらってはじめて分かることがある。初心者はまず基本技を十分稽古することが大切だろう。基本技は合気道のエッセンス、極意に至る王道なのだ。まず表技を十分稽古すること。表技ができると裏技が生きるようになる。そして、入身、転換を意識して稽古すること。形をおぼえ身につけるには、1人での十分な反復稽古と気の合う相手との組稽古が大切。数が多ければ多ほどいいと思う。アマチュアならひとつの技を一生かかって追求してもいいんだから、その点は気楽だ。数を目安にした稽古も意義がある。『千回の稽古を鍛とし、万回の稽古を練とする』。
小枝のしきり線

昇級・昇段審査が終わって

品川 高広/三段/木曜日夜1時間目担当

 昇級・昇段された方々おめでとうございます。
 初心者クラスで一緒に稽古した方が受けるせいか、緊張して見ていましたが、無事に終ってほっとしています。みなさん堂々として、とてもよかったと思います。
 和田さんの代理として木曜日の初心者クラスを持たせてもらって約1年になります。責任者としての寄稿も、最初で最後になるように、和田さんが復帰するまで、何とか続けていきたいと思います。
 指導のまずさについては、日々悩んでいるところですが、自分が初心の時のことを思い出しながら稽古しています。時間中にはあまり話せない初心者の頃の記憶(当たり前のことかもしれませんが)を書きたいと思います。
・記憶(1)…初心者の時に、3級の1歳年上の女性がおりました。きびきびと動き、びしっと技をきめて、とてもかっこよく見えました。その女性に憧れて技を習い、いつのまにか追い越してしまいました。
 『真似ることは上達の早道』
・記憶(2)…稽古の前に子供クラスをやっておりました。そのチビちゃん達の受け身がうまいこと。3、4級でしかも小学高低学年でも軽々と受け身をとっていました。先生にきつく投げられても平然としていました。驚きと同時にこれは自分にできないはずはない、と受け身の稽古をしました。そのうちに先生に呼んでもらえるようになり、上級者と稽古をするのも苦でなくなりました。
 『受け身ができると稽古が充実』
・付け足し…初段前まで、フリーターで独り身。稽古の付き合い、道場のイベントには全て出席していました。いつの間にか、幹事や何やをやらされ、やめるにやめられない状態になりました。
 『付き合いは大切に。続ける第1条件』
 合気道は器の大きな武道だと思います。強くなりたい人は強く、健康になりたい人は健康的に、マニアはマニアックに、美しくなりたい人は美しく、自分の思いを受け入れてくれるような気がします。続けることは難しいですが、週に1回は初心者クラスへ…。
 よろしくお願いします。
小枝のしきり線
道場長代行はアメリカ女性

草野嘉之/三段

 4年間の東京での単身赴任生活を終え、今年5月神戸に帰ってきました。東京に赴任する時、心身の健康に又余暇の有効利用を考えて合気道を続けることにしました。幸い道場が私の住むマンションの近くにあり、時間のある時は早く出向き少年部の練習にも参加しておりました。そんなある日新入りの少年が何をしたら良いのか分からずウロウロしていると、突然私の背後から「ドウシテオシエテアゲナイノ!」と英語訛りの日本語の声が響き渡りました。日本武道に憧れ今では道場長代行を務めるアメリカ女性の声でした。彼女の叱り声に年長の少年が慌てて新入りの手を取り教え始めたのです。
 少年といえども道場での規律を守り、お互いに礼を尽くしながら技を磨き合う、という基本には従わなければならないことを一生懸命教えているのです。他の少年達は彼女の声にその基本を思い出したかのように新入生と共に練習を続け、そして練習が終わると彼女は少年達に語りかけたのです。「今日は昨日よりそして明日は今日より少し良くなっていきます。それが大事です。1日1日良くなれば1ヶ月でどれだけ良くなるでしょうか?」
 少年達は正座し頷きながら聞いていました。その後大人の練習にうつりました。どこの道場も同じで、1つの型を示しその反復練習をしますが、一般の指導者と違うのが練習生に何故こうしなければならないのか、「何故」の隠れた部分の説明をして練習生の理解を得ようとする態度が見受けられます。まず日本の指導者はそこまでは入り込みません。多分「自分で考え ろ」ではないかと思います。
 又練習している間を回って良い技を見つけると、「今の技は非常に良かった。その技を続けてほしい」と相手を褒めることと乗せる気持ちが旺盛です。褒められた人は気持ちよく、その気になって頑張ってしまいます。
 ある時彼女と食事をする機会がありました。その時「日本人を教えることに抵抗ありませんか」と尋ねたら、彼女は自信に溢れた口調で私に答えました。「私は何も教えることはできません。皆様が良くなるように少しだけ手助けするだけです。教えるというより教わる人が自分から進んでやらなければ良くなりません。それにはどうすれば続けることが出来るかを一生懸命考えアドバイスすることです」と話されたのです。彼女はこの言葉の意味を証明するように、練習生自ら学ぶ気持ちになるように日頃の練習の中で心掛けているのでしょう。
 練習の後ふと、学ぶ側の立場としてアメリカ型オープンが良いのか、日本型クローズが良いのか、クローズな面もあった方が良いのか、武道といえどもこれからはゲーム感覚で選択される時代が来るように思われるため教える方が問われる時がきそうだ、と感じたのでした。
小枝のしきり線
東京見聞録

河村啓之/初段

 京都、大阪、神戸と自分がやりたい合気道ができる道場を探してそしてせいぶ館!へとやって来て、今年の8月で1年が過ぎてしまいました。最近は、気が付けば神戸で喜びながら合気道している自分がいっつもいます。仕事の合間を見て稽古をしている自分がいっつもいます。 やりたいと思ったことは、全身全霊で行う性格だから、今を必死で生きたいから、だから合気道をするためだけに京都から神戸に週の半分以上行っているのでしょう。そして、もっともっと合気道を知りたいから今回の全日本演武大会に出場したのでしょう。楽しそうだから東京に行ったのが本当ですね。場所が日本武道館というのも楽しみだったのであります。
 日本全国と本部で有名な師範の方々の技がこの眼で味わえる、「こりゃあ合気道のグルメ三昧やなー」と少しニコニコしながら武道館の門を入り、そして会場へと入っていきました。
 大学の学生演武から始まり、いよいよ本格的になってきました。私は道場の仲間と一緒に自分の技術はそっちのけでこの道場は上手いだの下手だのとまるで合気道の達人のような気分で評論をしていました。暫く悪態を吐いていると、私達の出番が来ました。今度は悪態を吐かれる番でした。
 又評論をし続けていると遠藤師範の演武が始まりました。思えば神戸支部40周年記念の時に遠藤師範の技を受けて全身に感動の波が走ったのを、また神戸支部の一員となったのを昨日のようだと考えながら、いい勉強になる技を見せて頂きました。
 その後、数々の師範演武を見せて頂きましたが、その中で佐々木将人師範の演武も書きます。相変わらず佐々木師範の周りはいつも少し空気が暖かく感じるようです。去年の11月頃、和歌山大学での研鑚会のこと、佐々木師範に書を数種類書いてもらい、なお且つ直筆の書も頂きました。後半の稽古で師範が私の前を通られた時「お前、今日はとても得をしたなあ」とニコニコして言われたのを、師範の1つ1つの技を見させて頂きながら思い出しました。
 そして、最後の道主の演武の気合がこもった技の1つ1つがとても感動的でした。
 「はぁー! 合気道をやっていて良かった。」京都の道場を退館して1年間悩み、何度合気道を辞めようかと思ったことでしょうか。そして「今、本当に合気道をしていて良かった。本当に良かった」と道主の素晴らしい技を見ながら思ったのでした。
 次の日も本部で道主の稽古、竹澤師範の特別稽古、学習院での稽古と約4時間という楽しい時間を過ごすことが出来ました。1度稽古をすれば友達になることが多いのが合気道だと最近感じるのですが、それが本当なら沢山友達が出来たことでしょう。帰りの新幹線で1人ビール
を飲みながら、東京での2日間修業の旅を一生懸命に行った自分に良くやったと乾杯をしました。また来年も行くつもりで頑張ります。 

『楽しくなければ人生じゃない。
   明るくなければ合気道じゃない』
         −佐々木将人師範−
小枝のしきり線
早朝のこだわり

久河浩也/2級

 午前5時27分、私はステレオから流れる曲と共に起きます。パッと目を覚まして飛び起きています。
 流す曲は、この1年ぐらいの間はずっと森高千里の歌でした。最近は、竹内まりや、マイケル・ジャクソン等の歌を流しています。選曲の基準は、曲が静かで、心地よく、歌詞が前向きであることです。なぜなら、気分よく目覚めるためには、優しく、穏やかな曲が最も良いと思うからです。また、早朝から失恋の歌詞では気持ちが沈んでしまいます。爽やかな1日の始まりは元気に気持ちよく起きたいものです。そのために、私は前向きに生きようとする歌詞の曲を選んでいます。
 ところが、どんなに心地よい曲を選んで流しても、眠気に負けてしまって寝過ごしてしまうことがあります。私は何度も寝坊して、朝稽古に行けなくて、凄く悔しい思いをしました。
 これは「早起きするぞ!」という気持ちの込め方が足りないからだと私は思っています。だから、私は寝る前に時計に向かって「5時27分、5時27分…」と念仏のように唱えて、頭の中を5時27分にマインドコントロ一ルしてから寝るようにしています。これをするようになってからは、この数ヶ月は寝過ごして朝稽古に行けなかったことはありません。
 こんなことにこだわっているのは、朝稽古が好きだからです。大好きな朝稽古を寝過ごして行けないようなことはしたくないからです。朝稽古の気持ちよさは格別です。朝稽古に行けば、頭がすっきりして、今日1日気分よく元気に過ごせるのです。
 そんな大好きな朝稽古に行くために、私はこれからも早起きの方法にこだわって早起きをします。
小枝のしきり線

55歳からの私の生き方

平尾重雄/5級

 「大人になったら何になりたいの?」と小6の時女の先生に問われ「船乗りになって世界の色々な国へ行きたい」と答えたのがついこの間のことのように思われます。
 知らず知らずの内に決められた運命の列車に乗り込んでいた。気が付くと、石炭を焚く船でスコップを振い、満帆に風を受け優雅に走る帆船で帆縄を引き、身体の芯まで凍る厳寒南氷洋の捕鯨船、北洋の鮭鱒蟹工船、灼熱の地ペルシャ湾(当時は無冷房)油槽船、神戸−大分を行ったり来たりのカーフェリー、父母を見送り、子供2人共自立し出て行き、先の震災からも何とか立直って、ほっとした時には55歳になっていました。
 「これからどうするの?」このままではいけないと自問。“老後”“第二の人生”この言葉は未だ未だ早い、老けない内にやりたい事をやれる内にやろうと3つの事を決心しました。
・1、定年退職は58歳、1年早く57歳で船を下り、180度異なった自由な生き方をする為の国家試験などの免許、免状を多く取得すること。55歳から57歳の2年間で10取得。以前取得したものを加えると13になりました。
・2、以前より夢であった馬に乗って、チンギスハーンのモンゴル大草原を走ること。大海原はもう十分味わいましたので、次はこれ。神戸、大分由布院の乗馬クラブに通い夫婦で5級のライセンスを取り、少し自信を付けて昨年、今年と夢のモンゴルに行ってきました。今年8月の旅は昼は馬で移動し夜はテントと9日間。360度回り全て地平線と天が交わり大地の雄大さ、夜の地平線から地平線までの大空の星の素晴らしさを満喫してきました。
・3、日本人であれば何か1つ日本の武道を修得したいと前々から考えていましたが、陸の生活が短く自由に通える道場がなく今日に至りました。
 せいぶ館を知り直ぐに見学に行き、帰りに道着を買って、昨年8月1日に入門しました。仕事の関係で昨年10月から今年3月まで休みました。今年中尾先生より『いい汗流しましょう』と年賀状を頂き、このままではいけないと初めて勤めた陸の仕事を半年で止め、4月1日より自分の体力に合せ道場通いをしています。
 今年9月の5級昇級試験を受けめでたく5級を頂きましたが、1999年9月19日、今世紀最後の5級は最悪の不出来とか…大変反省しております。4級の昇級試験は頑張って良い成績で昇級したいと思っております。年のせいにしてはいけませんが、覚えが悪く皆さんには迷惑をかけています。
 9月18日、58歳になりました。後10年は頑張れると思いますので宜しく御指導のほど御願いします。
「少年老易く学成り難し」と漢人の詩があります。私はもうすでに秋声かも知れませんが、合気道から少しでも「体と心の一体化」「和」の精神を学ぶため頑張りたいと思います。また帰りのビールの旨さを味わうためにも…。
 人生に乾杯。

小枝のしきり線

私の心掛けてきたこと

濱崎正司/道場長/六段/日曜日2時間目担当

 私は40年余り合気道に親しんできましたが、常に心掛けてきた事が3つあります。
1、人の稽古を見ること
2、先輩の話を聞くこと
3、それらを自分自身の練習に実行すること 
 その中で1番難しかったことは先輩の話を稽古に組み入れることでした。言われた通りに出来ないこと、稽古を見ている時は簡単に見えるが、自分自身の稽古の中で生かせない時が多くありました。そこでもう1度先輩の話を聞き、教えを請い、又人の稽古を見て練習をしたものです。
 各師範の動きを見るといとも簡単に動いておられますが、その背景には厳しい稽古があり基礎訓練に基づいたものであることを頭に置きその姿を見るように心掛けてきました。私は日々練習と思い努力してきましたが、常に私の前には壁がありました。その壁は、先輩の動きを利己的に解したことによる場合が多くありました。
 今は皆様と稽古が続けられることが何よりであり、今日まで動けている事が幸いです。これからも皆様と共に稽古が出来る事と、先輩諸兄の稽古、演武を見ることにより、今まで気の付かなかったものが見えて来れば何よりと思っているところです。
 神戸道場に多くの人が集い、新しい人が1人でも増えることを願い、もう1年合気道の普及に務め、自分自身の成長に向け週1回の稽古に励みます。
「学ぶことの悦楽はその先にしかない」。

小枝のしきり線

見えるもの、見えないもの

小久保宏/四段/木曜日子供クラス担当

 今の人は、目に見える物、耳で聞けるもの等、五感で感じるものしか信じない方が大半ですが、物質的なもの等は、萬人が良く分かるという事でしょうか。
 剣の達人、宮本武蔵の話を思い出しました。田畑を耕している農夫の近くを通りがかり殺気を感じて1間程飛び退いた処、農夫が「何を怯えて飛び退くのか、修業が足りない」と笑われたとか。吉川英治の宮本武蔵の小説の中に有りましたが、両人の間に何か「気」が動いたのを武蔵は殺気と見て飛び退いたのでしょう。目の見えない「気」も修業を積めば会得出来る様です。現に多くの合気道師範がこの様な技を披露されている様です。近付きたいと願っております。
 見えている様で見えていないもの、“自分自身”を何時も考えます。自分の生き方はこれで良いのか。他人を敬って居るか、事物を敬って居るか、色々考えます。
 合気道で見える物は形、技の動きであり、見えないものは気の流れでしょうか。「気」も良く稽古すれば見えて(感じて)くる気がします。合気道では接する相手の動きを肌で感じて相手と気を合わせればたやすく対応でき、この時は広く気を使い1点にとどまらない様にと教えられました。
技には、手腕肩腰足と体全体を使いますが力を入れずに抜くという相反した動きが必要となります。即ち1点に気がとどまらないという事です。これがなかなか出来ません。稽古を頑張りましょう。
小枝のしきり線
−喜びの多い朗らかな−  
 
佐々木喜多朗/四段/月曜日夜担当

 今ではどのような縁で出会って、どのような考え方で合気道をやっていたのか明確に覚えていない。が、以来、凍える寒い冬の日も、うだるような暑い夏の日も黙々と、近頃は殆ど手を抜きながら稽古を続けている。
 何故、かくも長い年月、合気道を楽しんでいられるのかわかりましぇーん! 深く考えた事がありましぇーん。というわけで、この問を例によって浅く考えてみることにする。
 呼吸投げで息がキレて苦しい時“まだまだ”と無言の激を飛ばしながら投げてくれる憎い奴、三教で手首が痛い時“これでもか”と力を入れる恐ろしい奴…そんな奴、オット取り消し。かけがえのない先輩、同僚や後輩が沢山いる合気道に、サラリーマン社会には無い人とひととのつながりを感じた。また、類をみない力(気)を生み出す技の1つひとつに魅せられたのだと思う。ん、きっとそうだ。
 以後、多くの友と出合い、多くの技に接し日毎に変化していく自分を発見し、それを喜びとしたのだ。だが、技の習得には時間がかかるものだ。それでも友と自分を信じ、稽古を重ねている内に年月が過ぎてしまったのだ。
“なんと幸せなおっちゃんだべーえ”
ま、こんなところが数十年合気道を続けている理由かな。ちなみに、これからもずーっと喜びを求めて稽古するつもりである。なにせ私は「喜び」の「多い」「朗らか」な人なのでぇーす。
追伸   合気道を始めた皆さんへ
 合気道を始めた動機は様々だと思います。始めたからにはその志を貫いて下さい。合気道はずーっと稽古を続けることが大切です。目標をしっかりと持ち、気長に取り組んで下さい。「たかが合気道・されど合気道」。あなたの気の持ちようでどのようにでもなります。とにかく稽古を続けて下さい。
小枝のしきり線
一緒に稽古を続けましょう

松平秀利/四段/土曜日夜担当

 1999年も残すところあと数ヶ月となり、又20世紀もあとわずかで終えようとしております。時の過ぎるのは本当に早いものだとつくづく思わされます。少々大げさな感じになりましたが、私が合気道の稽古を初めて23年になりました。
 私が合気道を始めた当時は兵庫区の石井町という所にありました。今ではその道場を知っている人も少なくなったように思えます。言葉をかえせば、それだけ現在のせいぶ館へ入門される方が増えたのでしょう。
 私は、土曜日の夜に皆様に助けられながら一緒に稽古をしていますが、新しい人が来られたら、「本当によく来てくれたなー」と思うと同時に、ずっと続けて欲しいと願っています。
 それはいわゆる『1度事を決めたら、ものになるまで』という精神論的なものでなく、続けていけば、必ず自分にプラスになるものが見つかる、と考えるからです。どのような形でプラスになるのかは一概にはいえませんが、確かに何かが備わって来ると思います。
 また、よく世間で言われることですが。『一生を通じて続ける趣味を持つこと』の意義というか大切さが注目されています。その意味からも仕事とは別の『もう1つの世界』で新たな自分の発見が出来れば最高ではないかと思います。
 目を転じて社会を見てみれば不況の風が吹き続け、やれリストラだの、会社倒産だのと、暗い話ばかりで私自身も何か気分が沈みがちになりそうですが、稽古へ来て汗を流し、稽古が終わった後、皆と一緒に飲むビールの味はこたえられません。
 新しく来られた方もほとんどご存知でしょうが、合気道には試合がありません。試合がないことに対し、是非論があるかも知れませんが、そのことによって、試合の為の稽古は無く、したがって無理な、ハードな稽古は必要がなく、各々個人のペースで稽古が出来ます。
 こう書くと少々ええ加減に思われるかもしれませんが、要は、先ず続けていただきたい、ということです。続けていけば自分なりの目標が出て来て次のステップへ続くものと思えますし、せいぶ館の雰囲気はまさにうってつけの雰囲気ではないかと思います。
 毎度のことですが乱文ここに有り、拙文の見本みたいな文章になりましたが、私の言いたいことは『稽古を続けて下さい』ということです。私自身も今まで続けて来て決して後悔はしていません。(当たりまえか!) 多くの素晴らしい人達にもめぐり会え、これからもめぐり会って行くでしょうし、多くの素晴らしい技にふれることができるでしょう。
 そして最後に一言。『合気道は本当に素晴らしい! 一緒に続けていきましょう!』
小枝のしきり線
初めての入院

中尾明子/三段/火曜日昼担当

 7月4日、日曜日午前4時、夢うつつの中で右足がおかしい。8時、右足の付け根がひっかかるな。9時半、合気道をしたら治るだろう。いつもと違う。大丈夫かな。痛い! 10時半、稽古をなんとか終えてやっとの思いで階段を降り部屋に辿り着く。そのままバタンと倒れる。右足がどうにも動かなくなる。午後4時、状況が少しも良くならないので救急病院へ。「股関節脱臼かな。レントゲンを撮ろう。どうもないな…。原因不明やな…。入院」
 2年前、成人病検診で左の腰に筋肉腫が発見された。いつか突然足が動かなくなるかもしれぬ、と言われた。動ける内に何でもしとこうと、前にも増して稽古に熱心になった。そして、いきなりその日を迎えた。
 7月5日月曜日、一晩まんじりともせずに夜が明けた。痛みが増している。10時、専門医の回診。「痛みがとれないと検査が出来ません。明日はこの病院に私は来ないので、水曜日迄薬を飲んでいて下さい」。えーっ! このままー。午後1時半、転院という事であわてて退院。近所のいつもの内科の先生に診て頂く。「あの肉腫とは関係ないな」。2時半、座薬を使用。3時半、痛みが消え始める。昨日の悲劇がまるで嘘のように…。
 あれから3ヶ月過ぎた。原因は遊び過ぎという説が最も強い…?
 ともかく今、又楽しく合気道をしている。以前と違う事は整理体操をきっちりするようになった。怪我をなくす為に大リーガーの真似をして、ストレッチ、筋肉強化、逆立ち。先日、妹が「90歳を過ぎても筋肉ってつくらしいね」と教えてくれた。私はそれを信じよう。それからもう1つ。息を吐く事。一杯吐いて酸欠にならないように心掛けている。息を吸うて命を終える迄。
小枝のしきり線
思いつくままに

澤邊義典/二段

 思えば7年前、あるきっかけで合気道を始める、いや、始めさせられることとなったのであります。
 当時の精武館第二道場は、狭くていかにも町道場といった雰囲気でありました。道場の2階には「佳っちゃん」という得体の知れない「主」が住んでおられ、朝稽古に参加すると、寝ぼけまなこで2階から降りてきて相手をしていただけるのであります。合気道の何たるものかをもしらない、ジャージ姿の私を引きずりまわして挙げ句の果て、「木偶の坊」呼ばわりされるのであります。「なんでこんな娘に言われなあかんねん。よっしゃ、合気道、本気でやったろ」と、心に誓ったのが7年前のことでありました。寝ぼけまなこでよくぞ私の眼を醒まさせていただいた「佳っちゃん」には、只々感謝あるのみであります。
 それから3年後の平成7年1月17日、私達の神戸はあの大震災にみまわれ、町並みは一瞬にして無惨な姿と化したのであります。道場の先輩あるいは仲間達も被災し一時は、第二道場復帰危うし、とも思われました。ところが、合気の力は素晴らしい。そのような中で神戸を元気づけようとの皆の思いから、第二道場での稽古が再開されたのであります。私はこの年の10月に初段を頂戴し、まさに忘れることのできない年となったのでありましたが、これが切っ掛けとなり、新生「せいぶ館」が誕生し、新しい仲間との出合いが始まる「場」が形成されたのであります。
 素晴らしき指導者と優しき先輩たちに恵まれたのでしょうか、新しい仲間達の上達振りには、目を見張るものがありますネ。稽古回数が200回を超える人もいますし、合気道が楽しくて仕方がないとの様子も窺える人達が沢山いらっしゃる。そんな中で、二段昇段の話もチラホラ出てきまして、皆さんから「澤邊さん、次の試験受けるんでしょ」と聞かれ、「まあ、日程が合えばネ」と2回パス。本当に日程が合わなかったのでありますが、本年3月、漸くにして二段を頂戴することとなりました。
 それから暫くしてのいつもの稽古帰りの飲み会で、全日本合気道演武大会の話題が出まして、飲んだ勢いで「私も参加します」と宣言。でも、この飲んだ勢いのお陰で日本武道館の数分ではありましたが、「演武」らしきものを経験させていただき、翌日、本部道場での稽古に参加できたのであります。
 そうなんです。ここが、私が7年前合気道を始めさせられる切っ掛けとなった、NHK教育テレビで放映された、合気道との初めての出合いの場所であったのであります。
 そんなことやら、こんなことやらがありましたが、これからも人との出合いを大切にし、そして人との間合いを大事にしながら、人生を楽しめば、これ幸なり。
小枝のしきり線


中森鈴奈/二段

 7月、自分の中に“気”が少ないと感じていました。偶然、どうしようもなく行きたくなった海。太陽を浴び、熱い砂浜を裸足で歩き、帰って寝ました。体が気持ち良くだるく、今まで感じたことのない大量の陽気が身体中に循環しているのを感じました。
 8月、合気道を休んで海水浴三昧。“気”が私の身体にはいりました。太陽から受けた大量の陽気。
 9月、皆と気のやり取りが出来る状態になりました。
 自分の状態や気持ちがそのまま技に反映される合気道。相手の気持ち、自分の状態を感じることの出来る合気道。気を合わせる合気道。合気道に欠かせない“気”を感じた良い経験です。そして、太陽の恵みをあらためて感じました。
 最後になりましたが、昇級・昇段された皆さん、おめでとうございます。みんな、とてもきれいでした。それぞれに輝いていました。
 合気道が出来る日々の健康に感謝!!
小枝のしきり線
私的合気道方式

大倉美奈子/初段

 まず始めに、私がこれまで合気道をしてきて以来、稽古で出会った方々、全てにお礼を言います。本当にありがとうございました。天下の飽き性の私がここまでやってこれたのも、全て皆さんのお陰だと思います。本当に飽き性なんですよ、私は! (間にお休みさせてもらったことも多々ありますが)
 今、1級を頂いた時のせいぶ館通信の私の作文を読んだのですが、あんまり変わってない。“2週間前に稽古を再開した”だの(今回4月からの再開で、稽古回数はかなりつめこみのギリギリ)、“成るように成るさ”だの…“成るようにー”は、何に関してもそうですが。
 しかし、今回変に力まずに済んだのは、この“成るようにー”のせいだと思います。「気がぬけるんとちゃうかー」という声は置いといて、今思うと今回、焦ろうと思えばもうドツボなくらい焦っていたと思います。ううっと焦りに入りそうな時も確かにありましたが、そこはそれ、「焦って、うーってなっても心がしんどいだけやーん」と、“焦る→しんどい→しんどいのはイヤ→焦らない”図式が私の内で燦然と輝いていたようなので、今回は変に自分を追いつめなかったように思います。おおっ、これって“力を入れる→イタイ→イタイのはイヤ→力を抜く”図式に通じるではありませんか! うーん、こんな単純な構造で、今回初段を頂いてしまいましたが、初段の稽古はこれからです。これからも細く長く続けていきたいと思いますので皆さん、どうぞよろしくお願い致します。
小枝のしきり線
気を引き締めて

林芙美/初段

 この度、皆様のお陰で昇段を許されましたこと心より感謝しております。ありがとうございました。せいぶ館の皆様から頂きました藍の綿袴を穿いて、黒帯として稽古が出来ることは私にとって大変な喜びです。地道に稽古を重ね、重みのある初段になれたらと思います。どうぞ今後とも宜しく御願い致します。
 毎回審査を受ける度、私は極度の緊張状態に陥ってきました。それは審査に落ちるかもしれないという不安からではなく、審査という人前で発表する機会を大切にしようとの思いからでした。
 前回の審査前、私は合気道にほぼ総ての心身エネルギーを使って、まず普段なおざりにしがちな各技の細かい動きを頭の中でイメージし、次に稽古でそのイメージを体現する努力を重ねました。そして、私が実力の範囲で出来る最高の技のレベルを確認した後、細かい事は考えないようにし、全体の大きなイメージ「静かに美しく切れのある」流れを描いて仕上げとしました。半年前このような一連の所行を堪え難い緊張の中で行いながら、私は自らの合気道に対する神聖な気持ちをいつもより強く感じました。
 今回の審査を受けようと決心したのは、私に全く先が見えなかったからでした。何となく不安な日常を過ごしていた私はとりあえず今回の審査を受けてみようと決めました。そして今回は特定のイメージを描くより、混沌とした私をそのまま表現しようと思いました。審査では大雑把な技の披露となりました。そのままの私がでて良かったと思います。
 お陰様で私は無事初段としてゼロからのスタートを新たに切ることが出来ました。相手の方との遣り取りを大切にして、又自分を見失わないようにして、これからもずっと稽古を続けていきたいです。
「学ぶに暇あらずという者は、暇ありといえどもまた学ぶこと能わず」との言葉を淮南子が残しております。「これ即ち、遊ぶに暇あらずという者は、暇ありといえども遊ぶこと能わず」ではないでしょうか。より豊かな贅沢な1日を生きる為、私は学び、遊び、稽古をします! 皆様の豊かな毎日をお祈りしております。
小枝のしきり線
せいぶ館で得たもの

中塚陽子/4級

 せいぶ館で合気道をすることによって、一体いくつ得るものがあったろう…。
 おいしく酒を飲めた、ちょっとは体が引き締まった(でも何故か体重は減らない)、少しは姿勢が良くなった、ただで新鮮野菜が手には入った、爆笑夫婦漫才を間近で鑑賞できた、花見、演武会など各種イベントに参加できた、恋をした(そして失恋も)、いっぱい笑った、人間性豊かなたくさんの人々と出会えた、心から稽古を楽しむことが出来た。
 そして何より、せいぶ館の一員であることで得た1番大きなものは心の平静−。
 私の技の至らない点を優しく指摘し、分かり易く教えて下さる上級、有段者の方々の丁寧な指導、技ができずに落ち込みかけた時の皆さんの励ましの笑顔(特に明子先生の「にこっ」と眞吾先生の「にかーっ」)、 高段者の方の謙虚な態度と下級者に対する思いやり、多くを学び取ろうとする個々人の意欲と情熱−焦らず、1つ1つの稽古を積み重ねていく、能力不足は努力をもってすれば補える、多くの仲間が支えてくれる。合気道する上だけでなく人生においても大いに助けられた。
 今回の昇級試験で、4級を授かった。厳しくも適当な、いえ、温かい評価を下さった皆さんには深く感謝している。
 私はしばらくの間神戸を離れる事になったが、新しい土地でも合気道を通して多くの人と知り合い、技・精神ともに向上できればと願う。
 入会してから6ヶ月、皆さん本当にありがとうございました。きっとここに帰って来ますので、その時はまた仲間に入れて下さいね。
小枝のしきり線


さわやかに合気道

寺田敬二/5級/62歳

 数年前、NHKテレビスポーツ教室「合気道」を見た。先生の『自分から攻撃せず、相手の暴力のみを制して、相手を殺傷しないこと』という解説を聞きながら、そんな技があるんかいなと思ったものである。また、『合気道の動きは、徒に力に頼るものではなく、まるく穏やかで相手と争わず合理的な動きで、従って無理がなく非常に美しいもので、この美しい動きを身に付けた時稽古の喜びを感じる』とも言われていた。
 それから数年後、今年4月にせいぶ館入会を許され、9月の昇級試験で5級をいただいた。私自身、昇級試験を受けるのはまだ半年ないし1年は早いと考えていただけに正直、夢のようである。明子先生、品川先生を始めとして島田さん、有本さん、平尾さん、高田さん、そして多くの方々の御指導のお陰と心から感謝申し上げる次第です。当初全くその積りのなかった私を強引に引っ張り出してくれた平尾さん、有難う。
 今回の5級は、中尾支部長はじめ審査の先生方の励ましの印と思って、正真正銘の5級を目指して、楽しくそしてさわやかに稽古を続けさせて頂きたいと思っております。
 教えてもらって、忘れて、教えてもらって、忘れて、また教えてもらって、また忘れた。それでも、否、そやから ガンバル 象ー! 合気道の技を繰り返し繰り返し練習することによって、合理的で無理のない美しい動きが身につくように…。無理、無理! 皆様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

小枝のしきり線


小枝のしきり線

犬のしきり線

第8号発行後のせいぶ館主要行事および予定

・5/22(土)故植芝吉祥丸道主追悼第37回全日本
 合気道演武大会 参加(日本武道館)
参加者(敬称略):濱崎、中尾、古殿、榎本、アダムス、
澤邊、山崎昭彦、田中、ラッセル、菅原、河村、坂本、
衛藤、松田、中塚、山崎裕美、春名、林芙美
・5/30(日)全国演武大会のビデオを見る会(支部長宅)
・6/8(火)-9(水)若林さん来訪
・6/13(日)アダムス夫妻壮行会(せいぶ館)
・6/26(土)遠藤師範講習会(せいぶ館)
・6/27(日)遠藤師範講習会(王子スポ一ツセンタ一)
・7/20(日)夏の親睦会(燕京)
・8/8(日)ニクの日(酒之灘屋2階)
・8/15(日)-16(月)ゆうび会荒川師範ご夫妻来訪
・9/2(木)-5(日)藤井さん来訪
・9/19(日)昇級・昇段審査、演武会、親睦会(せいぶ館)
・9/25(土)三代目道主継承祝賀会 
       濱崎道場長、中尾支部長出席


・10/3(日)第2回三田市合気道演武大会 参加
          (三田市立城山公園体育館)
参加者(敬称略):中尾、打越、小久保、明子、山崎昭彦、
片山、古殿、榎本、菅原、中森、野田、嶋田
<子供>下村、佐伯、佐藤、住谷
・10/16(日)第14回せいぶ館合宿
(兵庫県立丹波総合スポ一ツセンタ一新丹波荘)
参加者(敬称略):濱崎、中尾、打越、和田正志、越子、佐治、佐々木、松平、小畑邦生、小畑盛義、山崎昭彦、嶋田、野田、田中、河村、澤邊、榎本、古殿、古林、菅原、新堂、片山、楠本、衛藤、島田、坂本、香崎、平尾、久河、吉岡、林茂郎、香本、佐藤、新阜、大倉、中森、春名、林芙美
・12/5(日)横田金典前道場長追悼演武会(予定)
・12/18(土)遠藤師範講習会(せいぶ館)(予定)
・12/19(日)遠藤師範講習会(甲南大学)(予定)

アンケートロゴ合気道のぼりアンケート
46人に
聞きました。

合気道を始めた動機       
        
漫画『ハリスの旋風(かぜ)』を読んで。
踊るあほうに見るあほう。同じあほならやらなきゃそんそん。
ムチウチ症対策!
男として強くなりたかったから。
究極の「強さ」を求めて。
子供が出来て負けたくないので。
一目惚れ。
武道に興味があったから。
父がしていたので、意志を継いで。
男の子に泣かされて母に放り込まれた。
親に無理やり。
やりたかったから。
格闘技とか昔から好きだったのですが“力を使わずに”に引かれて。
袴を合法的に穿いてみたかったから。
お安く体力の維持が出来そうだったから。
塩田剛三先生の技に一目惚れしたから。
かっこいい、美しい、袴姿が凛々しい。芸術。
相手を痛めつけることなくお互い楽しく出来るから。
腰痛治療のため。
何もスポーツをせずにこのまま年をとると中年太りになってしまうという危機感から。
定年退職をし高齢で始める武道はこれだと思いました。
自分を守りたかったから。
酔っぱらってせいぶ館のホームページを覗いたのが運のつき。
家が近いから。
セガールに憧れて。

合気道のここがいい!【 】: 人数 

合気道の全部良い。【2】
指導される方の姿勢が良い。
いつまでも分からない、出来ないところ。
職業、地位が皆違う。学生も社会人もいる。そんな仲間がひとつの目標を持って稽古をしているところが素晴らしい。
相手と一体になる。【3】
先輩に騙された。
優しくなれる。
仲良く汗を一杯かくこと。
稽古相手の素晴らしい所 (技やその人柄)を直接感じられるから面白い。その反対もあるけれど。
身体と心の運動。
色んな個性を持っている人と話せるのが楽しい。
他人の好き嫌いを言ってられない。
道場にもよると思いますが、皆と楽しく、時には笑顔で稽古できる所が好き。以前は嫌なこともあったが、今は嫌だと思うのではなく、自分の心がけでどうにでもなるのだと思いながら稽古している。
力のある人間が必ずしも強いとは限らない点が素晴らしい。引退がないの良い。
年齢を越えて、国境を越えて仲間が出来る。
肩凝り、腰痛がなくなった。
競うことがない。好きな人に触れる。
人への思い遣り、気配り。
老若男女を問わず皆和気藹々で、厳しく又優しく気楽に通えるのがよい。
強くなれる。
試合がなく自分のペースで出来る。

合気道のここが嫌!    

礼節がいい加減になりがちである。
まだまだマイナー。
なーなーになる。
体を痛めることがある。
腕が太くなること。
技が難しい。  
最初の1週間ぐらいは何をやっているのか分からなかった。
まだ相手が技をかけても自分がどう動いていいか分からず迷惑をかけていると感じる時。
四教が痛い。
打撃に対して弱い。  

こだわりの技とその理由【 】: 人数 

一教【8】          
           
これが出来たら五教まで出来る。
実用的。
正面打ち一教。相手との出合いと間合いの取り方。


入身投げ【5】 
 
最も合気道らしい技だから。 
もっともしんどい。 

       
四方投げ【5】 
美しい。
大人のクラスに通って横田先生に初めて誉められたから。    

二教【3】 
実用的


呼吸技【3】 
飛ぶのも飛ばれるのも気持ちいい。
合気道は相手と一体になる。すなわち呼吸の波動を調和させる。
達人になったような気がする。  

小手返し【2】 
相手が鳥のように飛ぶ。 

四教

関節の固め技

筋を伸ばして体がリラックス出来る。気の流れが良くなるような気がする。

   
片手取り回転投げ
受けをとるのが気持ちいい。

首投げ
かっこいい。


隅落し
衝撃をうけました。


出合いの技
瞬間の技の切れがすき。


別になし
極小の力で出来るようになりたい。


その日出来なかった技
相手が良く飛ぶ技。

こだわらないこと

すべて

秘密 

   


これからの目標 【 】: 人数 

自由技を3分間程度やること。
基本技。
姿勢を正し、おへそが前に出る技を心掛けたい。
永く続けること。【12】 
三段。【2】
いかに楽して技をかけられるか。
自分の中心に相手をおさめること。相手の力は自分
 の中心で吸収すること。
世界征服。宇宙飛行士。
自分のこと相手のことをもっと知ることが出来るよ
 うに稽古を続ける。
自由技をこなせるようになる。
有本さんのように美しい技をすること。
10年続ける。
出来るだけ稽古をする。
二段。
もっと力を抜く。【2】
気を長くする。
出来るだけ身体を動かすようにする。
上達出来る限り上達する。
相手を待たない。バラエティーに富んだ技。
技と共に性格ももっと柔らかい人間になりたいです。
初段。【男性6】
華麗に舞う。優雅に。どんな人とでも合わし合わされる。
今後も健康に永く稽古を続ける。
支部長を追いこすぞ。
とりあえず3級を目指す。月12回は来る。
4級 (ひどくても良い) 。10年を目標に通う。
楽しく稽古を続ける。
中尾先生。
中尾眞吾先生を二教できめる。
5級をとる。
座技呼吸法を上手くなる。
週3回来る。           

せいぶ館の皆様へ 【 】: 人数 

目標を持つ。永く続ける。
継続は力なり。【3】
稽古中は自分の集中力を高めるつもりで一緒に稽古
 をしていきましょう。
いつまで続けても楽しいですね。自分のためにも、
 仲間のためにも、健康のためにも、色んなことの
 ためにも、是非せいぶ館にずーっと来て下さいね。
私は誰の挑戦でも受けます。かかって来なさい!!
 1、2、3、ダー。
もっと回数多く稽古すべし。
白帯の方達のイベントへの参加意識がでるよう黒帯の方達
 は、白帯の方達に関わる意識が必要。
もっともっと素直で活気のある道場であれば良いな
 と思っている。
杖も面白いです。是非一度参加して下さい。
稽古の後の飲み会に参加しませんか。私は後の楽し
 みのお陰で現在があります。
皆様、掃除はきっちりとしてください。
毎日稽古があって、いろいろな年代の方がいて楽し
 い稽古が出来るせいぶ館のような道場はとても貴
 重だと思います。
お互いに気持ちよく稽古していきたいですね。
稽古すればする程難しいもの、それが合気道です。
楽しく頑張りましょう。怪我しないよーに。
なんでそんなに稽古するの? 頑張って下さい。
せいぶ館でリラックスした雰囲気の中、真剣に稽古 をできて幸せです。
合気道に惚れています。死ぬまで一緒でいたいです。
笑顔をモットーに。
世界平和。
何の仕事をしているのですか? 参考に教えて下さい。

アンケ一トにご協力下さいました方々に厚くお礼申し上げます.ありがとうございました。


合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり合気道のぼり

編集後記
 今回のせいぶ館通信編集にあたり私を励まし、助けて下さいました方々に深くお礼申し上げます。先生方の作文特集、せいぶ館の様子が窺えて面白いアンケートの結果はいかがでしたか。個性的だけれどもどこかに共通点がありそうな仲間と、真剣に楽しく気持ちよく合気道の稽古を永く続けていけるようにお互いに努力をして、よりよいせいぶ館を目指していきましょう。(林芙美)


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